2014年7月6日日曜日

何も言ってはいないが


 何かよくわからないが舞い上がる。灰か、あるいは、何か、生のエネルギーか、はたまた、香のケムリだろうか。それが一瞬の幻視に過ぎないこともある。
 緑色、その名前は、かれこれ4、5年前に、路上で見つかった名前だった。あれ、もうそんなに前なのか。そう気づいたのは27、8だった。そんな年数がかくもあっという間に過ぎていくことに初めて気づいた年頃だった。
 緑色、と路上に描いてあった。夜中の代々木上原の路上に。詳しいことは言えないが、歩いている時に、見つけて嬉しくなった。白いチョークでそう書いてあった。工事の工程なのか、金釘文字で、鮮やかに。
 緑色、というのは、面白い気がした。奇異な名前のようでもある。それに緑は目にやさしい。それで絵を描いた。緑色ではない絵を。そもそも絵ってのは色の名前とは違う。
 アスファルトに白い塗料で、何か工事の印だろうか、無造作に書かれた字は不思議な味があって、夜の路面にほのかな光芒を灯している。わたしが発見した夜からもう幾日も過ぎているのに、ずっと書かれたそのままで、路面が緑色に塗られる気配がない。



 聞こえるものは、CDラジカセから流れるBJMの音楽。シンセサイザー、ドラムにより淡々としたリズムが刻まれる、そのうえに男のボーカルの歌が、浮遊感を持って、リズムに同調しながら、断続的に歌われる。その音楽の音はそこまで大きくなく、右側で流れている。左側は窓があって、大気の流れる音、つまり風が吹く音がする、車が走っている音がうっすらとする、時おり近くを走るバイクの音や、歩く人の足音、話し声。また、家々のことや、ドアや窓を開け閉めする音、何か洗濯物を取り込む音など。室内に耳を戻すと冷蔵庫がうっすらと音を出している。一番近くにあるのはパソコン、今このキーボードを打っている音。
 サウンド・オブ・ウォールという言葉をどこかで見た、たしかヴェルヴェット・アンダーグラウンドに関する文章か。音が一枚の暗幕のようになって、感覚全てを覆うような。どれも、そういう音ではない。



 たとえば、電話が鳴る音がするように思われることがある。それで実際に携帯電話を取り出してみると何もなかったようなことも。
 あ、声がする子どもの絶叫。何かを叫んでいる、遊んでいて、興奮したのか? いつも何かするけど、今度はすこしヤバいと思う。隣に住んでいたら、腹を立てるだろうな。
 あ、すると、今度は隣の部屋から不思議な電子音がする。
 と、思えば、女性の潜めたような笑い声、それで男の咳払い。





 
 ぽたぽた、とやわらかいソースが垂れるような音がする。
 かと思えば、一瞬のハイハットの驚くほど爽やかな音。モノクロームの景色のなか、二十人くらいか、順々に、男たちがスマートな装いで歩いていく。その歩みは早い、ハイハットの爽やかさに負けないくらいの切れ味がある。そうして眺めていると最後に同じくらいの爽やかさで犬がとてとてと歩いていく。小さい犬が負けじと早足になっている様は足の動くのがとても速くてかわいい、と誰かが言った。

 忘れていた、もう一度、

 ユメ、かも、しれない
 おい、らを、誘う
 甘い、風、星、
 アタマの中は、ギター
 緑色
 リロ、ライロ


 それでそうだ、緑色だった