2015年12月27日日曜日

言い方2

ハウスか、ハウスか、ってなるんだよね。踏み絵みたいな。
下北は、そういうの難しかっただろうね。
でも世界の感じを見ていると、ハウスもパワポも一緒じゃん、っていうのは僕は分かってた!
世界情勢が正しい!ってのが、もはやないよね。

緑色、と路上に描いてあった。工事現場の印なのだろうか、力強い筆跡でただそれだけ。
みどりいろ、とかの女は読んだ。
そう言うかの女は、何だかきれいな野菜のようだった。
それでこうして、緑色の絵を描いている、けれど緑色で描いているというだけのことで、それは白黒と何ら変りはしない。けれど大した画じゃない。

いま話したいのはさ、時間だよね。
そうそう、時間! 今日は時間のハナシだよなって思ってたよ。
問題は時間だよね。戦争も平和もそう。最近の表現もそう。

白に緑で描いてみると、ツートーンだろうか。描線がきらめく。気がする。
またこうやって、淡々と絵を描いている。けれどこんな画、どうも何だか、何がいいのか……という気がしないでもない。いい! って言ってくれる人はいるけれど、果たしてどうだか……そんな気がし始めてしまったから、これはもう上手くいかないのは分かっている。
逆に、緑色に白で描いてみると、これも又なにか味がある気もする。

HELP! あ 兄さん ばあさん
HELP! ありゃーゆうべの夜
HELP! 夢が破れた
HELP!!!

あの子供の頃は心配なことも
それほど恐ろしいことじゃなかった
でも大人になって気づいたことは
危ない世界に暮らしてることさ

HELP US ベイビーどんなときでも
HELP US 君を愛しているから
HELP US 傷つけたりしないで
Won't you Please HELP US?

そんなうたが始終こだましている。歩いている最中、息をするように、セックスしている最中、出し入れするように、音楽を聞いてる最中、ビートに合わせるように。
これ「HELP」の和訳なのだろうけど、ビートルズをそもそもちゃんと聞いたことが無いから、新鮮に聞こえるのだろうか。それに意味もよくわからない。助けて! そんなところ? それとも 助けろ! なのか。しかしことばのニュアンスというものは翻訳しきれるものではなくて、どちらの意味でもあるのだろう。しかしまあ、開き直った叫びだ。

まだ画を描いている。描いてるのだろうか。へやの隅にキャンバスをたてかけ、たまにおもむろに塗りたくる。時に何か貼りつけたり、ペンで何か描いたりしている。
けれどもう半年もその画はすすんでいない。ホコリが何か描くかもしれない。いや、描いていないだろう。時おり酔いの果てに、飲まないワインをだらりとふりかけ絵具を注ぐこともあるけど、それはただの惰性にすぎない。

隣の席では、中年男性がふたり、味噌汁をすするようにコーヒーをすすっている。この町の話や母の病気のこと。同じ区に生まれ、同じ区に過ごしているわけだけど、おれもいずれああいうふうになるのだろうか。想像がつかない。

会話がある、対話がある、映画や小説、大体ある。けれどこれも又、作者の独り語りでもあるのだなと思う。
男同士がヤっている。中国人のカップルふたり、会ったひょうしに立ったまま。後ろ向きに、挿れている。それもまた独り言でもある。
しかしまあ、バンドとかオーケストラ、あるいは芝居とかは異なる。現場で人びとがつくり出す何か空間がある。自明のこと。

私に息子がいたんですかァ? 
隣では、認知症の父の話をしている。もうウンザリするけれど、そう遠い話でもないのだろう。
私は写真家と飲んでいる。もつ煮込みを食べている。彼とはSFの話しかしない。みんな喋っていますけど、話すことなんてそんなにあるのか? 退屈して、寝てしまう。

――今年も色々あったね、って言い過ぎてもう空虚になってきたね。
――そうだね、わたしももう聞き飽きた
――でもおはよう、って言うのは飽きないね。何故
――おやすみ、もそうだね

そうだね。ふたりもつれ合ってそう言って。そう言ってもつれあって。カラオケで陽水をうたって。それからどうした。

どうしたかは分からない。どこをどう歩いて帰ってきたかも覚えていない。飲んで寝て寝ながら歩いて、それで自分は何を生きているのかよくわからない。何も考えていない。

何を生きているの? お前は作家なの?
作家でもないでしょう。
じゃあ、何だ。ただの快楽主義者か?
そうでもないかな……。

いつものように、少し遅刻しながら会社に向かっていると、途中のバスで、またかの女に出会う。
それは、オロちゃんだった。
オロちゃんはとうとう大人になり結婚までし、子どもを2人もうけた。男の子と女の子、一歳違いの。それで毎朝こうやって、バスに乗って2人を保育園まで送る。小柄な、まだ子どもみたいなオロちゃんはそれでそのまま職場へ向かう。
そうして離婚までしてしまい、大変だった。それでよく酒を飲んだ。私はのらりくらり過ごしているうちに、オロちゃんは猛スピードで駆けていた。私もずいぶん髪が白くなってきた。
だけどオロちゃんは、今はこうやって落ち着いて生き生きしているから、好ましく思う。

おはようおじさん
おはよう。

そう返す。ずっと小さい頃からおじさんと呼ばれていたけれど、とうとうオジサンらしい歳になってしまった。私も速かったことがある、たまにだけど。

この子たちも私をおじさんと呼ぶ。あーあ。