2016年2月18日木曜日

0123

く、がく、震える婆さんがカウンターの隣の席で餃子とニンニクを食べている。わたしがニンジンを頼んで食べていると、しげしげとこっちを見つめて、それ、なぁに?と子どものように聞いてくる。
老人と時間について考える。
インプロヴィゼーション、それは即興とも訳されるけれど、そうでもないでしょう。何か有機的ななにかがことばの中にある。それは言葉のもつ歴史とも言えるのだろう

あの先端をいくマンガのNさんがCPDFで配信している。それをとても面白く読んだけれど、違う、何か違う気がした。マンガのサイズに出力して見たけど、それもどうも違う、マンガをマンガとして読むには、やっぱり本じゃないといけない。それをそう思う人は、少ないのかもしれないけど、決して少なくないだろう、ほら電車に乗っても、ひと車両に二、三人は何か活字を読みふけっている人がいて、残りは皆あのつるりとした画面を撫でている。そこには広い広い何かが広がっているのか?
Bを久しぶりに読んだら、久しぶりに面白くなっている、そう聞いて読んでみたのだけど。あの人語を解さないのか解してけれど何かきちんと受け答えることが恥ずかしくて出来なかったようなかわいいSが、何かまともな人のように真摯にけれど乾いた、けれどエチオピアのジャズほどには乾いていない笑いと戯れながら向き合う寂しさについて、何度でも、ずっと何度でも読み返したい気がしている。ぬいぐるみみたいに手元にあっていつでも読み返している。あそこまで内向きでけれどやさしいお話は、そうそうない。けれどコレだけはまってもいつか忘れるのか、けれどやっぱりいつか思い出して引っ張り出すだろう。だからモノとして置いておきたい、そういうものは、なくならないでしょう。
あの紙でできた、あるいは木や石で出来たお守り、おまじない、そういうものは無下にしてはならない。
それでまた思うのは寿司はことばである……、とあるひとが言ったこと。そうそれもそうなのだろう。寿司もアレはことばのセンスでもある。Bもまた、ことば。手書きの。
あの寿司を、子どもを授からなかった私たちにとっての永遠の赤子のように思っています、そう言うひとも少なからずいるだろう……

1 
彼女がそこにいた。机にうつぶせていて、わたしが向いのイスに座ったのに気づくと、顔をすこし上げてうすく笑った。融けたように、にやにやしている。
そばのビルの工事がうるさいし、木造のこの築年数もだいぶ経った家は、このガタガタが蓄積していずれ崩れ落ちるのじゃないかと気にかかる。いっそ、そうなればいい。

2 
歩いている。歩いている。歩いている場面だけで考える。誰が歩いているのか、誰でもいい、あなた以外の誰でも。
あ、向こう、空がゆるやかに夕焼けに向かってグラデーションしている。浮世絵の空みたいな、澄んだ空、透明な空。電柱がシルエットになって立っている。よおそれを見ながら街を歩く。好きだった店の辺りを久しぶりに歩くと全然違うとてもつまらない店になっている。そうじゃない。
ひとにもらった段ボールを持ちながら歩いていると、ああ、あなたと手をつないでるみたい。

3 
彼女はジョギングをしていた。ここは京都。歩いていて気づくとここまで来てしまっていた。でもまさか、東京から何日もかけて歩いたわけでもないし、外国から飛行機の中も歩きながら来たわけじゃない。飛行機の中はシートベルトのランプもつくし無理だろう。一度ベルトをかけ忘れたことがあるけど着陸するとき本当に浮きかけて慌てた。隣では男がゲームをしながら寝ていた。その男みたいにだらしないのは厭だ。
県境すら超えていない。はじめから京都にいたんだ。
彼女はジョギングをしていた。犬を連れて。犬は足が無かった。比喩ではなく本当に。何か車輪のようなものに乗って、前脚をぱたぱたとやって懸命についてきていた。彼女はそんな犬を気づかうことなく、それは気づかうことが失礼と思っているように屹然と走っていた。曲がり角で会った。ひと時、目が合った。とてもいいと思った。
もう一度会ったら声をかけてみよう。いつもそんなのばかりだけど。

4
わたしもジョギングを始めた。彼女と会った公園で。一週間、二週間、それくらいだけ走ってみよう。何だか歳とともにたるんでもきてもいるし。と思ったら一周で彼女に出会った。ああら。あらあら。
目礼をした。向こうも目礼を返した。車輪にのった犬もこちらを見た。ハァハァ言っている。犬に大挙して襲われたことがある。そりゃ犬の群れなんて怖い、怖いから足並みも速くなって、怖がってるから犬たちもここぞとばかり着いてくる。着いてくる。着いてくる。路端で将棋をさすおじいさん方に「ビー、カーム。ノットアフレイド」つまり落ち着け怖れるな、と声をかけられる。よしゆっくりだ。すると犬たちが段々興味を失ってくる。よし、よしと思いながら歩き続けると、そこには夜明けのタクシー。やったぁ! と駆け寄ったらうしろかた可愛いやつにカプリとやられた。
そういうことがあったから、やっぱり犬は怖い。

5 
それで?
それでどうしたのだろう……思い出せない。
私はマンガ家になりたい。丸めがねをかけたい。
1人で飲み続けるのは、本当によくない。ここは、どこだろうか。自分の家なのは分かってる。こんなところにいて何をしているんだろうと思っている。いま、午前4時。
私はマンガ家になりたい。少しなおってきた頭、落ち着いてきて、パソコンをひらくと、SNSに見知らぬメッセージが。もしかして、とジョギングで会った彼の顔がフトよぎったけれど、彼とはまだ目礼しかしていない。それでここに着いていたら少しこわいだろう。と考えながら開くとただの最近会ってない友人からの連絡だ、曰く結婚式の二次会。そんなものおいそれと向かうものか、忌々しい。金の無駄だとメッセージを削除した。
私は私のマンガを描いた。ずぶぬれの女子が頑張って山を登って、マタギから新鮮な生肉や臓物を買って皆で生で喰う話。そうやってユニークな趣味を追求しながら、それを見せて金にして、けれど内奥ではずっと空虚なまま。愛しい日々を懐かしがってるばかり。帰って海外の有名なTVドラマを見る。それはとても面白い。そんなお話。
そうしたマンガを、闇に包まれながら、小さなライトを灯して淡々と描き続けている。マンガは工程が多い。

6 
それで、僕はどうしたのだったか。映画を見ている。あの監督の映画は本当に力強い、何というか人間そのものというか、原稿を書きながら横目で見ているだけなのに、お前がグイグイとこちらに入ってくる。お前、お前。原稿はほとんど止まっている。愛しい夫婦。愛おしい妻。けれどだんだんと狂ってくる日々、人間、愛おしい家族、奥様。歪んだ表情。陰影のなかの人びと。家族。時間。
書いている原稿は何かというと、どうでもいい。見ている映画も、本当のところはどうでもいい。
あだち充が、憧れだった。ゆったりとした間のなかに描かれていく、繰り返す野球。瑞々しい青春、ナイーヴな恋愛、余韻。いま読み返して本当にそう思った。
気づくとあだち充に没頭している、マンガはこれだから怖い。線描の美しさ、異常なまでの間の上手さ。いま、午前4時。開きっぱなしの原稿を閉じてなんとなくSNSを見ると、見知らぬ相手からのメッセージが。携帯電話、ソーシャルネットワーク、そうしたものが私たちに何を与えてくれるのか、空虚な気持ちになりながらメッセージを読んでいると、これは昔つきあっていた女性であり、ドイツにいたのが久しぶりにこちらに戻ってきている、ついては何か飲み会を行うからよかったらどうか、という。多少ときめく。こういうことがあるから、やっぱりSNSも悪くないと思う。
SNSのお誘いには返事はしない。あのおしきせみたいなゴシック体が面白くない。いっそこのまま退会してやろうかとも思う。
また映画に戻ると、奥様が夫にぶたれて倒れた。それを子どもたちが見ている。怖がりながら。飄々とした音楽、北国のタンゴ。

7 
午前5時、何となく眠れない2人は、何となくハイになってこのままジョギングに出てみようと思いたつ。明日は休みだから、いいんだ、このまま少し走って帰って寝ようかと。すこし淫らな予感もある。
春の少し前、ジャージを着て、少しストレッチして、ゆっくりと駆け出す。右足、左足、ゆったりと歩を進める。まだ肌寒い、透き通った朝の空気、樹々、池、朝つゆ、アヒルなどバサバサと跳びたつ音。気持ちがいい。
犬の名前はチャド。家でいつも暇しているから、酔いざめの主人がニコニコと笑いかけると、すぐに察してついてきてくれた。彼は先天性の病気で足を二本、失った。後肢をスケボーみたいなものに載せて、かたかたと音を立てながら進む。さいしょはゆっくり、だんだんとスピードに乗り、駆けていく。あまりに速いと前肢が追いつかないのだけど、そんなに速く駆けることをこの女は好まない。
呼吸のリズム、足の運び、だいたい調和してきている。調和は気持ちがいい。この感じは、人がそうとか空気がそうとかではなくて勝手にそう思っているだけなのだろうか。そんなことを僕は思っている。思いながら、彼女に会えないものか、半ばいやほとんど全部そう思っている。
気分がだんだんと、ストレッチしている。そこに白い猫が、塀のうえで身づくろいをしている。

8 
会うともなく会って、ふたりはしばらく並んで走った。凛とした朝の空気を吸いながら、吐きながら、男はとても粋な感じを感じていた。女はもっとしぜんだった。ランナーが一種の同じ動物であるように、しぜんに並走していた。互いを見つめることなく、息と歩幅をともにして。ふたりの背丈は同じくらいだったし、境遇もだいたい同じだった。宝くじの買い方も一緒だった。気分の晴れない平日の昼間、ふと見かけたくじ売り場で連番で1,000円分だけ、毎年買った。一度も当ったことはないけど毎年色んな夢を描いた。じっさいに夢まで見た。
チャドはふたりの間を駆けた。前脚を伸ばしてぱたぱたと前に漕ぎながら。早足で歩く犬はとことこと足が動いてかわいいとかの女は言った。

9 
男の名前は北川。女は北原。北がかぶった。そんなこと、まだ知らなかった。知らないままに走るのがいいと、男は又粋なように感じていた。
まだ走っている。
うっすらとしていた陽が、だんだんと昇り、それはきれいな夜明けだった。
ハァ、ハァ、呼吸の音が調和している。2人の呼吸。男はすぐに、それでセックスを連想していた。やだねえ。女は、何だろう、特に意識していなかった。チャドはふだんからハァハァ言っている。この三者の呼吸のリズムがどこからきているかというと、犬が基調になっている。毛の長いチャド、鼻のどっしりしたチャド。犬種は知らないが灰色でかわいい犬。
女が手を絡ませて、ふたり手をつないで走りはじめた。名前は、国籍は、血液型は! なんて聞きもしなかった。そのままゆるやかに走って、歩いて、女の部屋にいった。歩くと景色が楽しい。陽がさんさんと照っている。二月はひかりの春という。

10 
かの女はしんしんと眠り、私は結局何だか目が冴えてしまって起きている。仕方ないからビールでも飲んでいる。小説を読んでみる。百年前の詩人の散文。ずいぶん様式的でロマンチックで、全然頭に入ってこない。かの女がびくりと身を震わす。ウゥーンと何か言う。苦しい景色でも見ているのだろうか。子どものような声色で、やめてよ、やめて、ぇ、などと言う。大丈夫かいと頭をさする。目を覚ましたかの女は「私の顔にバッタついてない?」と訊く。ついてないように思えるが、もしかしたらついているのかもしれない、暗いからわからない。大丈夫だよ、顔をさする。その晩見た満月がきれいだったのを思い出す。その流れで、休み明けの仕事のことを思い出しウンザリする。あの人に会って、あの人にこれを説明して、ちょっとスミマセンって言いながら頼んで、それであれ書いて、メールして、チェックして。大変だね。また寝る。
昼過ぎに目を覚まして、ふたりで水を飲んで、近くの喫茶店に行って食事をした。またねと言って別れた。

9 
今日も働いて、ウンザリして家に帰る。というか帰る間もウンザリしてるし、帰ってもウンザリしている。これはあれだ、ノイローゼじゃないのか。ノイローゼって何なんだろう。神経っていうけど神経ってどこにあるの。 
ノイローゼのひとは、じぶんがノイローゼだなんて言わないよ、これは、治っている時間なんじゃないの?
そう、心の中のLINEでオロちゃんが言ってくれる。目にみえないオロちゃん。すっかり大人になったオロちゃん。本当はいないオロちゃん。オロちゃんはかわいい。ぎゅっと抱きしめて、あたまを撫でたりしたくなるけれど、心のなかにしか本当はいない。本当はいるのだけど、かの女はもうそういう存在ではない。私には付き合いきれなくなって、別れを告げられた。かの女はその後、他の男と出会ったという。
帰ったら電気が停まっている。そうした実際は、少しこころを安らげてくれる。じっさいが足りない。リアルはどこにあるのか? 淡々とした奇しいフリージャズを聞きながら、テレビではワイドショーをやっていて、奥の間では女が布団で寝ている。どこに私の卵はあるのか。細分化しているのか分裂しているのか。どこにも卵はないように思える。間違えた、魂だ。

8 
ことば。ことば、ことば、ことば。言葉のことばかり考えている。かの女はストレッチをしている。キャットストレッチをしている。ことばのストレッチをした方がいいんじゃないか。あえいうえおえあ。あえいうえおあ。
かの女がびくりと身を震わす。ウゥーンと何か言う。
うーん。おしゅし。と言い返してみる。
おしゅしは最早、おしゅしって言うだけでかわいい。
ん? やっぱりおしゅしが好きなのね……。かの女は目をさます。

9 
最近やっと気がついたんだけど、おれはすぐ思い詰めるね。
ごめんねなどと言うわけでもなく、何か会話したいというわけでもなく、ただの自分の話なんだけど、何となく、聞いてもらえたらいいと。
これを言ったら厭だろうが、もらった手紙も、燃やしてしまった。
でも、その前もずっとそういう質だったんだなあと、ノイローゼというものとか、神経とか、そういうものについて考えていたら、フト気がついた。
色んなひととそうやって、会わなくなっていって。あるいはサッパリしていって。
たまに、ばったり会うけれど。
世界は広いのに。たぶんひとより広い世界を私は実際見ているはずなのに、内界というのか、ずい分内向きで狭まった視界ばかり見ている。たとえばいつもの街を眺めながら、しょっちゅうインドの路上や汚い河なんかを思ってばかりいたり、いつも同じ景色ばかり、思い描いて、じっさいの景色を忘れる。じっさいの空を見て、何かちがうところを思う。心象をたくす。詩的な気がする。ただ、よぎったような気がするだけの詩。
そうしていると向こうから知り合いがやってくる。ばったり会うのが一番いいね。そんなことを話して通り過ぎるのが一番いいと思ってる。触れ合うことをしない。
それが、別に変わるわけでもないだろうし、日々は淡々と繰り返す。
ただそれだけの話。

7 
歩く、歩く、歩くのは健康にいい。
歩くことを思いつめて、考え続けていたらけっきょくこうなってしまった。でもそうでしょう? 歩くと景色がかわって、時間もたって、楽しい。走るのは一日で飽きたけれど、歩くのはいつだって飽きない。そりゃ、あまり寒くてもいけないし、暑くてもそう、雨があまり強くてもいけない。
ろくでもない景色を見ているけれど景色は変わる。
行き先のバーは混んでいて素通りする。ひとがたくさんいるのは怖い。
人びとはときに多幸感がある。大好きな、踊りしれる楽団を新春に久しぶりにみたらやっぱり凄い。そういうのもいい。でも静かな音楽もいい。
静かな音楽って、何なのか。
かの女は相変わらず妙な動きをしている。それはつまり、不器用なのだろうか、そうではなくて、こちらが妙なのだろうか。あるいは互いに妙。ちぐはぐな動きを互いにしていて、時に目が合う。何だこいつと互いに思う。酒を飲む。飲んでそのまま、よくわからなくなる。
 
6 
雪が降った。それを鳩が寒そうにして見ている。ほとんど白に近い金髪のロングヘアーの女性が鳩を見ている。鳩は雪をおそるおそるついばむ。女性は生卵をお椀に落とし、醤油をちょっと垂らして、つるりと飲んだ。
それが彼女の朝食だという、ここ数年間。卵は健康と美容にいい。 
また、歩く。歩くと月が大きく円くかがやいている。道ばたには、白い木で組んだ屋台。女がそこにもたれかかっている。そう広いわけではなく、ふつうの歩道。それはバーなのか。長髪の男が何か飲み物をつくっている。暖かい紅茶を出しているのかもしれない、寒いから。通りすがりに、男と目が合った。
あれ、飲んでいかないのかい。そのまま通り過ぎる私を見ながら、男はカウンターの女に喋った。喋るのなら俺だろうと思ったけど、そこまで誘う気でもなく、ただ独り言のように、女に向かって言ったのだ。

5 
卵といえば、花袋だ。蒲団だ。彼はからだを壊してしまって、精をつけるため卵を食う。当時はまだ、卵を食う習慣はそこまでなかっただろう。だから卵もエナジーに溢れていて、人びとに精をつけた。毎朝、毎晩、彼は卵を飲んだ。
そんな話をしていると、かの女は卵の思い出を話し出した。
あのさあ、小さい頃読んだんだよね、あの女の子のハナシさ。あの子、スーパーで売ってる卵、暖めたら孵ると思っていて、ずっとポケットに入れてあっためてたのよ。それでさ、それを見ていたお兄さんがさ、その子の誕生日に、卵をこっそり隠して、でヒナをポッケに入れたの。それであの子はすごい喜んだのだけど、でもお姉さんは、それやったら、あの子はいつか悲しむよ、スーパーの卵が孵らないのに気づいて、ああなんだ騙された……って。
俺はいつまでも彼女の卵を孵してやるよ! お兄はそういったの。
歩く、歩く、歩くとヒナが孵る。ポッケのなかで生き物はもぞもぞとしている。

4 
1月24日は1日24Hみたいだ。ライヴは芝居みたいだ。芝居はライヴみたいだ。そんなこと言いながら全豪で愛を打ち合うフライングK。ラインを超えたら演者になり、その手前ハダカでからだをゆすらせる群集。
TVをつける。マラソンをスタートするランナーたち。ポケットには帰りの電車賃だけを入れて。空がきれい。

3 
いつもそうだ、だんだんと楽しくなってくる。最後のほうに徐々に。わたしはのろいのだろうか。いつもそうだ。気づくと誰もいない。未練ばかりをひきずっている。

2 
たるん、たるん。
かの女がたるん、たるんと眠っている。

1 
かと思えば寝言を言う、大声で。寝言のときは、子どもみたいな発声をしている。かと思えばふつうの声で「誰……?」と言っている。
大麻ばかり喫っている。
明け方わたしが布団に戻ると、かの女が言った。お爺ちゃんが立っていた。しわくちゃで誰かよくわからないのだけど、じっと見つめていた。幻覚はよく見るけど、こんなにリアルなのは初めてだけど、何かKちゃんの身近であったりしたのかな。とそしたら、ぼくも爺さんの幻影を見た、目を開くとそこにぼうっと、190センチくらいの、気配だけの爺さん。守護霊かな。

人に深く接すること。横顔ではなくて正面向きの顔。カメラを通した顔ではない。ただ目と目を合わせて接すること。ちらり、ちらり、見つめ合う。
子ども作ろうー、子どもほしい。カフェでパフェを食べるときみたいに気軽に彼女たちは話していた。
ハサミが壁に掛かっている。かなり鋭い、長いはさみ。かの女の家だったか、友人の家だったか、仕事先で行った作家の家だったか、あるいは、起きる前に見た夢――? 今日一日そのことを考えていたけれど、あれだけ立派なハサミは、尖っていて怖いのを通り越して、むしろ立派ですらある。
いつも、刃物を見るのや、鋭い金物を見るのは怖い気がする。それで刺し突かれることを想起する。のは、一体いつからだろうか。

そんな夢を考えながら、今日一日、私は仕事をしていた。仕事と言っても、大したことじゃなかったな。